最近まで、僕はずっと焦っていました。50歳。リタイアまで逆算すると、あと10年。「早く資産を増やさなきゃ」「もっと投資の弾を増やさなきゃ」。頭はいつも前のめりでした。 そんなある晩、電卓を叩いてみて——すっと、力が抜けたんです。これは、焦るのをやめてみた、という話です。
暮らしまで「四半期決算」で測っていた
たぶん、染みついていたんだと思います。会社にいると、毎日のように「成果は」「今期は」「もっと早く」と言われる。気づけば、その物差しを自分の人生にまで当てて、暮らしまで四半期決算で測るようになっていました。
副業はどうだ、シルバーアクセサリーを売るのはどうだ。投資の原資を少しでも早く稼ぎたくて、休みの頭の中はいつも算段でいっぱい。そんなとき、ふと、自分の持っている株のことを考えたんです。
良い会社を持つって、こんなに心が落ち着くのか
僕は7年、日本の個別株でバリュー投資をやってきました。派手さはありません。良い会社を選んで、配当をもらって、長く持つ。それだけ。でも改めて眺めてみて、妙に腑に落ちたことがありました。
良い会社を持っているって、こんなに心が落ち着くことなのか、と。
値段が上がろうが下がろうが、慌てなくていい。むしろ下がったら「ラッキー、安く買い増せる」とすら思える。気づけば僕は、いつのまにかそう思える自分になっていました。
これ、バフェットがずっと言っていることなんですよね。
そして彼はこうも言います。投資の成功はIQじゃない、気質(temperament)で決まる、と。頭の良さじゃなく、下がったときに慌てない“心の据わり方”が、最後にものを言う。僕がたどり着いたのは、たぶんその入口でした。
考えてみれば、おかしな話です。お金を一番増やしてくれる投資のほうは「急がず、ただ良いものを持って待て」と言っているのに、僕はその横で「早く、もっと」と焦っていた。エンジンがもう回っているのに、隣で素手でクルマを押そうとしていたようなものでした。
電卓を叩いて、力が抜けた
ある晩、ふと電卓を叩いてみました。
仮に、手元の元手を年10%で回せたとする(これは過去7年の自分の実績ペースで、もちろん毎年そうなる保証なんてどこにもありません。あくまで“目安”です)。すると——1年目に増える額は、僕が一円も余分に働かなくても、副業を一年必死でやって稼ぐであろう額を、軽く上回っていた。
ここで僕は固まりました。
副業で利益を出そうと思ったら、たとえばシルバーの指輪なら月に何十個も作って、撮って、梱包して、発送して……と、休みの時間を丸ごと差し出すことになる。猫と遊ぶ時間も、山に石を採りに行く時間も、そこに消えていく。
一方で、複利が稼ぐその額に、僕が費やした時間はゼロでした。何もしていない。ただ良い会社を持っていただけ。
つまり僕は、もう動いているエンジンの隣で、息を切らして素手でクルマを押そうとしていたわけです。焦りが、その素手押しをやらせていた。
マンガー(バフェットの盟友)の、複利についての言葉を思い出しました。
皮肉な話で、「投資の弾を増やすために副業で消耗する」ことは、複利が一番好きな“心の落ち着き”を、自分から手放す行為になりかねない。慌てて売買したり、疲れて判断を誤ったり。増やそうと焦るほど、増やす力の邪魔をしてしまう。
電卓を置いたとき、僕はなんだか、すっと力が抜けました。ああ、急がなくていいんだ。もう、足りているんだ、と。
猫が教えてくれたこと
焦りを下ろしたら、急に景色が変わりました。
僕にとって一番「あ、今しあわせだな」と感じる時間は、実は猫と遊んでいるときです。何も生み出していないのに、何ひとつ足りない気がしない。売上も、決算も、関係ない。ただ猫がいて、僕がいて、それで完結している。
膝の上で丸くなる猫を、急かす人はいません。「早く育て」と複利を急かしても意味がないのと同じです。邪魔せず、急かさず、そばにいてやれば、勝手に育つ。投資も、暮らしも、本当はそういう持ち方でよかったのかもしれません。
中村天風さんの「積極的に生きる」という言葉が好きです。長いこと、これを「バタバタ前に進むこと」だと思っていました。でも違った。積極とは、腹が据わって、揺れないこと。下がっても笑っていられる、その静かな強さのことだ、と。いちばん落ち着いている人が、いちばん積極的でいられるんですね。
――急がずに、増やす。
このブログのタグラインは「直して、走って、増やす。」です。今日はそこに、ひとつ但し書きを加えたいと思います。
良い会社を、ただ持つ。好きなことを、儲けの物差しを外して、ただやる。猫と過ごす、なんでもない時間を守るために、仕事も投資もある。順番を、間違えないように。
焦るのを、やめてみた。
そうしたら、ずいぶん楽になりました。
※この記事は投資をすすめるものではなく、僕個人の考え方と体験の記録です。「年10%」は過去の実績ペースを目安にした例で、将来の成果を約束するものではありません。投資は値下がりも含めてすべて自己責任で。具体的な判断は、ご自身でよく調べたうえで行ってください。
